デジタル社会への移行は緩やかに進んで来てきたが、COVID-19を契機にデジタル化への期待が高まった。このような中で、デジタル社会の基盤として発展してきたインターネットとウェブでは、データの受け渡しのプロトコルは決められているが、サイバー空間中の本人自身を示すデジタルアイデンティティ管理の確立を始めとして、様々なデータ・マネジメントの多くがプラットフォーム事業者など各サービスに依存しかつサイロ化され、外部からの検証可能性が低く「信じるほかない」状況となっている。このような状況を打破するきっかけとするため、2020年10月、内閣官房において「Trusted Web推進協議会」が発足し、2022年7月には、「Trusted Webホワイトペーパー ver 2.0」がとりまとめられた。Trusted Webでは、特定のサービスに依存せずに、データのコントロールや合意形成の仕組みを取り入れ、検証できる領域を拡大することで、Trust、すなわち、相手が期待した通りに振る舞う度合いを高めることができるような新しい枠組みを現行のインターネットの上に重ね合わせるオーバーレイアプローチによって実現しようというものである。
この動向に呼応し、担当教員らのグループは、インターネットを人々が安心して利用できるものとするために、Trustを念頭とした インターネットアーキテクチャの構築を目的とし「トラステッド・インターネット・アーキテクチャ・ラボ」を富士通株式会社との連携でSFC研究所のラボとして設立した。
トラステッド・インターネットを理解し、さらに、実現してゆくためには、多角的かつ系統だった知識の醸成が必要である。そこで本講義では、インターネットにTrustを高めることが出来るような枠組みを構築するTrusted Webのコンセプトを理解するとともに、トラステッド・インターネットを実現するための基本的な知識を得るとともに、これらの知識がどのように組み合わされることで実現されるのかについて概観する。本講義を通じて、今後発展の見込まれるTrusted Webおよびトラステッド・インターネットのコンセプトを理解し、次世代のICT基盤構築に役立てることのできる人材の育成を目指す。
講義は4つの部分で構成される。第一に、Trusted Webの議論が始まるまでの議論を整理するとともに、デジタルアイデンティティ関連技術について講義する。第二に、デジタルアイデンティティを用いて構成されるアプリケーションサービス、および、デジタルアイデンティティを構築するために必要な技術それぞれの構成要素について、そしてそれらの構成要素がどのように組み立てられてきたのかを概観する。第三に最近標準化に至ったTrusted Web構築の切り札となるデジタル証明書技術(Verifiable Credentials)を紹介し、この技術によってTrustをどのように自由に表現できるようになったのかを講義する。第四に、様々なユースケースを知り理解することで、可能性について理解を深める。更に、これらの議論の中での国際標準化の重要性、実際のデプロイメントや運用においてはガバナンスという技術外の要素が鍵であることについても合わせて学ぶ。これらの、一定の深さの技術の理解に加え、実際の活用、標準化、そしてガバナンスまで一気通貫の議論を展開することにより、高度な信頼に足るデジタルシステムのデザインと構築に貢献する人材の育成を目指す。