
日本の労働市場は特に高学歴層を中心に、現在大きな転換点を迎え、流動性が高まっています。需要側の企業の視点では、従来の新卒一括採用、終身雇用、年功序列型賃金など、日本型の雇用慣行を維持することが困難になってきています。2019年には日本経団連の当時の会長である中西氏も、「企業が今後、終身雇用を続けるのは難しい」と述べるなど、この問題に言及しています。またそれに呼応するように、供給側の個人の視点でも、ニッセイ基礎研究所 (2020) によると、若者は「キャリア重視」志向が高く、「勤務先忠誠」志向が弱いという傾向が見られます。その結果、パーソル総合研究所 (2022) の調査でも、「20代前半では、他年代と比べて転職へのイメージがポジティブに変化している傾向が顕著」という結果が出るなど、若年層のキャリア観が大きく変化している現状があります。
このような現状に対して、政府の新しい資本主義実現会議が2023年5月16日に示した「三位一体の労働市場改革の指針」 では、個人がキャリアオーナーシップを発揮することが、日本経済の成長にも資するという考え方とそれに基づく三位一体の改革の方向性が示されています。
こうした時代の変化の中で、個人の視点では雇用の安定性をもたらすキャリアデザインが重要になり、組織の視点では人材確保の安定性をもたらすタレントマネジメントがますます重要性を増しています。
個人の視点と企業の視点は、雇用と人材確保という表裏一体の事象として対をなす相手です。したがって、双方の立場・論理と類型・傾向を理解した上で、それぞれの戦略を構築することが有効であると考えられます。すなわち、個人のキャリアデザインの立場・論理と類型・傾向を理解しているからこそ、組織の立場でタレントマネジメントを行うにあたり、優秀な人材を効率的・効果的に惹きつけ、個人と組織の同時成長を実現することができます。逆に、組織のタレントマネジメントの立場・論理と類型・傾向を理解しているからこそ、個人の嗜好・能力・特性やキャリア段階に応じて、自分自身やクライアントの最適なキャリアデザインを行うことができます。
本講義では、このような時代背景を踏まえて、キャリアデザインとタレントマネジメントを統合する視点で両者を一体的に考えていきます。